量は質を凌駕する。1年前の英語学習のエントリーを見て考えたこと。

ちょうど1年前に書いた英語学習のエントリーを見て、思ったこと。

 

1年前にブログで書いた、以下のエントリーが再びバズっている。

挫折ばかりTOEIC350点の私が半年間で850点を達成し、アメリカ留学でネイティブと意思疎通ができるようになるために行った学習法  http://breakthroughmlab.com/toeic850

 

多分、はてぶの日めくり機能(1年前にホッテントリしてたエントリーを表示するもの)から流入して、見てくれてた人が多いんだと思う。(あざます!) 今日だけで10,000人以上が見てくれた模様。

 

 

この記事の流れから今日は書きたいのだけれど、僕はあらゆるものは量が大事だと考えている。(まあできていないことはさておきw) 勉強でも仕事でも趣味でも、なんでも量がすべて、ということである。

このエントリーのテーマは英語で、オリンピックレベルとかそんな大きな話じゃなく、学生の一経験ではあったけど、要は言いたいのは、量は質を凌駕する、というか量なくして何事もない、ということだった。

 

ある程度のものを極めるために、質が大事という理論は根本的に誤っていると思う。はっきり言うけどこれは絶対そうだ。

10,000時間の法則(何事も10,000時間やれば、プロレベルになれるという定説)というものもあるくらい、量の必要性は誰もが知っている。
量をこなせばそれなりにうまくなれることをみんな知っている。
だが、やらない。

というより、多くの場合、途中でそのことを諦めてしまうか、何か別のことを見つけてそちらにスイッチしてしまう。(別にこれは悪いことではない)

だから、継続は力なりというけれど、あれはかなり難しいこと(と世の中的に思われていて)で、あの言葉の真意は、量は質を凌駕する、ということにあると思っている。

一定数やって、中級者レベル(というのがその道においてどれほどの程度かは一般的に表すのが難しい)というか、それなりのレベル感になってからはじめて、効率化ややり方云々を考えるのが本来の形なのだ。

何事もその道を極めたいと思うからには全力で、量に重きを置いてやらなくてはならない。

まずはストイックに練習あるのみだ!

柔道の日本代表、篠原選手は「世界一になるために、世界一練習する」と自身口にしており、結果世界一になった人だ。(さっきテレビで見た) 篠原選手のように、スポーツ選手は最たる例だろう。

やるか、やらないかどっちか。中途半端になることはやらない、引き受けない方がいいとも言える。

そして、極めたいと思うなら、まずは効率的にとかなんとか言ってないで、量をやるべきだ。

仕事もそう
勉強もそう
習い事もそう

特にブログなんてまさにそうだ。毎日更新するより、たまに質の高い記事を更新した方がいい、なんて思っている人はブログの特性を理解していない。

一つの記事は論文ではない。更新頻度を上げ、定期的に読者に見てもらい、たまにヒットするものがあってくれればいい。

 

その環境を作り出すのも、実際にやるかどうかも自分次第だと思う。

 

 

そしてどうかこの文章を読んでくれる人に言いたい。

身近で何かをやろう、頑張ろうとしている人がいたら、どうかただその人を暖かく応援して欲しい。

自分のこれまでのいくつかの小さな体験からの話だが、人は何かを頑張る時、そして事をなせる時、必ず身の回りで誰かが応援してくれている、ということだ。必ずそれが必要になる。

僕の場合、元旦からメディアを全開で始めたが、今では仕事を全開にやっている。(つまり現状メディアは中途半端なのだが・・)

周りが心配するくらい、いや自分でも心配するくらい、極端にやってみること、を今年の自分のテーマにできたらと思う。

 

久々ながらそんなことを考えた。さて、TOEIC云々よりももっと大きなことに今年はチャレンジして結果を出したい。

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